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千葉地方裁判所 昭和36年(ワ)296号 判決 1966年2月28日

原告(反訴被告) 塚本弥生

原告(反訴被告) 塚本早苗

右法定代理人親権者 塚本弥生

原告(反訴被告)両名訴訟代理人弁護士 堀込俊夫

同 萩原由太郎

同 黒田代吉

被告(反訴原告) 武村産業株式会社

被告(反訴原告) 花井年子

被告(反訴原告)両名訴訟代理人弁護士 吉田豊

同 横地秋二

被告(反訴原告)両名訴訟復代理人弁護士 中川了滋

主文

第一、(一) 被告武村産業株式会社は

(1)  原告両名に対し別紙目録一、記載の各不動産について千葉地方法務局船橋出張所昭和三六年九月八日受付第一四、五二一号をもってなされた昭和三六年八月二五日売買を原因とする所有権移転仮登記(持分塚本弥生三分の一、塚本早苗三分の二)の本登記手続をせよ。

(2)  原告両名に対し、同目録二、記載の各不動産につき昭和三六年八月二五日付売買による所有権移転登記手続(持分塚本弥生三分の一、塚本早苗三分の二)をせよ。

(3)  原告塚本弥生に対し、同目録三および四記載の各不動産につき、前記出張所昭和三四年六月一日受付第六、〇六七号をもってなされた所有権移転請求権保全仮登記および右出張所同日受付第六、〇六六号をもってなされた根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

(二) 被告花井年子は、原告塚本弥生に対し、

(1)  別紙目録三、記載の各不動産につき、前記出張所昭和三六年九月八日受付第一四、五二二号をもってなされた昭和三六年八月二五日売買を原因とする所有権移転仮登記の本登記手続をせよ。

(2)  同目録四、記載の各不動産につき、昭和三六年八月二五日付売買による所有権移転登記手続をせよ。

第二、反訴原告両名の反訴請求を棄却する。

第三、訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)両名の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

第一、本訴の請求について。

一、成立に争いのない<省略>の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

(1)  別紙目録二ないし四記載の各不動産はもと鈴木福松の所有であったが同人が昭和二八年四月一二日死亡し相続人ら協議の結果鈴木福松の五男塚本敏夫が相続した。塚本敏夫は他に同目録一記載の各不動産(建物)を建築所有していた。ところが塚本敏夫は昭和三二年一月五日死亡したので、原告両名が同目録一、二の各不動産を持分原告弥生(塚本敏生の妻)三分の一、原告早苗(塚本敏夫の娘)三分の二の割合で共同相続し、同目録三、四記載の各不動産は原告弥生が相続した。(なお同目録三記載のうち船橋市本町二丁目一、一八三番地の一三の土地は原告弥生の相続および被告会社の根抵当権設定、代物弁済契約当時は一八八坪九合であったがその後昭和三四年九月一〇日同番の三五が分筆されて一七六坪六合六勺となりさらに昭和三五年三月一六日以降同番地の三六ないし三九が分筆されて、一五三坪二合六勺となった。同番の三五、三六および三七は本訴請求に含まれない。)

(2)  ところが亡塚本敏夫の兄弟等は塚本敏夫の妻子らが鈴木福松の遺産をとり過ぎると言い出し、その一人鈴木孝嗣の如きは鈴木福松の遺産分割協議書に捺印する代償として五〇〇万円を要求する態度に出た。そこで原告弥生は事態の成行を苦慮し、たまたま昭和三四年三月頃知り合った武村聖治にその対策を相談した。

(3)  武村聖治は被告会社の代表取締役社長であるが、昭和三四年二月頃原告弥生が原告両名所有のマーケット(別紙目録一記載の建物を含む一団の建物)の内の一軒について居住者に対し明渡の強制執行をした際その居住者の側について原告弥生と交渉し原告弥生をして強制執行を断念してその建物を被告会社に売却するに至らせ、原告弥生から紛争処理の手腕をかわれ、爾来原告らの財産に関する諸問題の処理にたずさわるようになった。

(イ) <省略>。

(ロ) <省略>。

(4)  被告会社は金融、不動産売買等を業とする会社であるが、武村聖治が実権を握っている。被告花井は武村聖治の妻で、同人の子供を養子にしている他、被告会社の監査役でもある。

二、前記<省略>の事実を綜合すれば、次の事実が認められる。

(1)  原告弥生と武村聖治は、本件不動産を塚本敏夫の兄弟らからの追及から守り、またマーケットから居住者を立退かせその敷地を更地化して利を得ようと相談し、その為の便宜の措置として本件不動産に被告会社名義で担保権を設定したり本件不動産を被告会社ないしは武村聖治の実権の及ぶ被告花井に譲渡したような外形をととのえておくことになった。そして両者は、

(イ) 別紙目録三、四記載の不動産の上に被告会社を債権者とし原告弥生を債務者とする債権元本極度額五〇〇万円の根抵当権を設定し、かつその根抵当権付債権が期限に弁済されないときは右不動産をもって代物弁済する旨の契約が結ばれたように仮装し、<省略>

所有権移転登記請求権保全の仮登記をなし、

(ロ) 同目録二記載の不動産を同年六月五日原告両名から被告会社に売渡したかのように仮装し、<省略>所有権移転登記をなし、

(ハ) 同目録一記載の不動産を同年六月九日原告両名から被告会社に売渡したかのように仮装し、<省略>登記をなし、

(ニ) 同目録三、四記載の不動産を同年一〇月一六日原告弥生から被告花井に売渡したかのように仮装し、<省略>登記をなした。

(以上(イ)ないし(ニ)の各登記がなされていることは当事者間に争いがない。)

(2)  しかし、右(ロ)ないし(ハ)の各登記はいずれも売買の形式をとって所有名義だけを変えたに過ぎず、権利の移転を生ずるものではないから、原告弥生と武村聖治との間で、その頃、原告らからの要求があり次第被告会社および被告花井は直ちに原告らとの間の新しい売買の形式によってその所有名義を原告らに返すことが確約され、昭和三五年二月頃別紙目録一、三および四記載の不動産について右趣旨の契約証書(甲第一、第三号証)が作成された。右契約に当って原告弥生は原告早苗の権利については同人の親権者として代って行為し、武村聖治は被告会社の代表取締役として同社を代表しかつ被告花井を代理した。すなわち甲第一号証に被告会社の代表者が武村孝太郎となっているが、当時武村聖治は刑事々件の被告となっていた関係で、自分の名を表わすことをさけ同じ代表取締役である武村孝太郎の名で自ら会社を代表して行為したものである。また甲第三号証の花井年子名下の印影が同人の印鑑によるものであること(同被告が認めている)またそれには同被告の印鑑証明(甲第五号証)も添付されていたこと、別紙目録三、四記載の不動産につきその後同被告名義でなされた火災保険契約や固定資産税の支払、分筆登記費用の支払がいずれも被告会社ないし武村聖治を通じてなされたと認められること<省略>および武村聖治と被告花井との前記関係から考えると、その頃武村聖治は被告花井を代理して前記契約を結ぶ権限を含め右不動産に関する登記名義人としての権限を包括的に委ねられていたものと解するのが相当である。

(3)  原告らは右各登記後も引続き本件不動産を占有していたが、昭和三六年七月頃になって原告弥生と武村聖治との間柄が不仲となり、同年八月二五日原告弥生(原告早苗の権利についてはその代理人として)は訴外玉井哲を通じ武村聖治(被告会社の代表者であり被告花井の代理人)に対し、口頭で、被告会社および被告花井から原告らに対し前記約旨にしたがい同日付売買による所有権移転登記手続をなすことを要求した。

右事実が認められる。なお、

別紙目録一記載の不動産は鈴木福松の遺産ではない(原告弥生本人尋問の結果参照)から、そのことだけから言えば、右不動産については塚本敏夫の兄弟からの追及を恐れて被告会社に対する売買を仮装する必要はなかったともいえるが前記認定のとおり原告らは右マーケットを処分する考えであって、その明渡交渉を武村聖治に依頼しようとしていたから、その便宜のために形式的に所有権移転登記をしたものであって、そのことは異とするに足りない。甲第一、第三号証については、その作成日時がそこに記載されている日とちがうこと、別紙目録二記載の不動産に関する記載がないこと、それが被告会社でタイプされたものではない疑いがあること(証人松林とし子、大塚良の証言参照)、等の点はあるが、その成立に関する坂田証人原告弥生本人の各供述と対比すると、いまだその成立の真正を左右するに足りず、またそれら書証に関する被告会社代表者武村聖治および被告花井本人各尋問の結果は信用できない。

甲第一号証が被告会社武村孝太郎名義であることにつき、被告会社は同人にそのような契約を結ぶ権限はなかったと主張するが、成立に争いのない<省略>同人が代表者となっていることと対比して考えると、右主張は採用できない。

三、被告らは右認定の事実を争うので、その反対証拠を検討する。

(1)  乙第一号証、第二号証の一、二のうち原告弥生の署名が同人の自署したものであり、その印影が同人の印鑑によるものであることは当事者間に争いがない。しかし乙第一号証と同じ日に別紙目録記載三、四記載の不動産について前記根抵当権設定登記および所有権移転請求権保全仮登記を経由したのに、なお同目録一、二記載の不動産を同じ立替金債務二〇〇万円の代物弁済にする予約をし、またそのとおり同月九日代物弁済したとか、あるいはそれを代金二〇〇万円で売買しその代金と右立替金とを対等額で相殺したとか、いうのはたやすく納得しがたい。被告会社代表者武村聖治尋問の結果のうちには乙第一号証の成立を支持する供述があるが、それは証人坂田金吾の証言、原告弥生本人尋問の結果と対比すると信用しがたく、かえって坂田証人、原告弥生の各供述および原告弥生と武村聖治との前記認定の関係から考えると、乙第一号証はあらかじめ署名押印してあった用紙に後から内容を書入れたものであって、真実の権利関係に則して作成されたものではないことが推認される。

(2)  乙第一〇号証の作成名義人の記名がその記名印によるものであること、その下の拇印が原告弥生のものであること、は争いがない。したがって乙第一〇号証はその成立が推定される。しかしその作成名義人は「三田交通株式会社取締役社長塚本弥生」となっていて、原告弥生個人のものではない。もっとも「塚本弥生の保証として」という記載があるが、被告らの主張によれば別紙目録三、四記載の不動産の原告弥生から被告花井への売買なるものは乙第一〇号証ができた時には既に代金の支払も移転登記も済んでいることであるし、あらためて代金を受領したことを保証する必要もない。その上原告弥生本人尋問の結果によると、それはあらかじめ作成名義人の記名、押印、拇印をしておいた用紙に後から右名義人以外の者が内容を記載したものであることが認められる。それらの事実から考えると、乙第一〇号証の成立に関する前記推定はくつがえされ、それを原告弥生と被告花井間の前記売買を認める資料とすることはできない<省略>。

(3)  乙第一一号証の各作成名義人名下の印影、「塚本商事株式会社取締役社長塚本弥生」の記名印がそれぞれそれらの者のものであることは争いがない(被告は押印の事実について自白の撤回があり、それに異議があるというが、書証の認否についての自白は拘束力がないから、右異議は成立たない)。しかし被告花井本人尋問の結果によれば武村聖治の氏名(改名前のもの)、塚本弥生の氏名および内容は武村聖治の記載したものであることが認められ、また原告弥生本人尋問の結果によれば前記社長印は当時原告弥生から武村聖治に預けてあったことが認められる。この事実に原告弥生本人尋問の結果および原告弥生と武村聖治との関係を併せ考えると、乙第一一号証が原告弥生の意思にもとずいて、真実の権利関係について作成されたものとは認められない<省略>。

(4)  成立に争いのない乙第一二、第一三号証によると、そこに記載の被告会社所有不動産の上に被告花井が売買予約による所有権移転請求権保全仮登記を有することが認められる。

そして証人吉野小枝の証言、被告会社代表者武村聖治、被告花井本人各尋問の結果によると、被告花井は原告弥生から買受けた別紙目録三、四記載の土地がその地上建物の収去ができないため、利用しえないことを不満として、武村聖治に要求して被告会社所有の前記不動産の上に売買予約による仮登記をなしたというのである。しかし、右各供述は、武村聖治と被告花井との前記認定の間柄および後記のように被告花井は原告弥生から買うため四〇〇万円を調達できるとは思えないこと、と考えあわせると、たやすく信用しがたい。その他に右仮登記が被告花井主張の売買に関連したものと認めることができる資料はない。

したがって乙第一二、第一三号証は右売買がなされたことの証拠とはならない<省略>。

(5)  <省略>各尋問の結果によると、被告花井は原告弥生から別紙目録三、四記載の不動産を代金四〇〇万円で買受け、自分の株式売買でもうけた金や吉野小枝から借りた金で支払ったといい、ことに昭和三四年秋原告弥生、武村聖治が徳田敬二郎弁護士と共に塚本敏夫の遺産問題についてその兄弟らとの交渉に赴くに当り、別紙目録三、四記載の不動産売買代金のうち一〇〇万円を被告花井から取寄せこれを持参したと供述する。

しかし、証人吉野、被告花井の各供述、とくに被告花井が売買代金四〇〇万円を株の取引による利益や吉野小枝からの借金で調達して支払ったという供述部分は、それ自体到底信用しがたく<省略>また武村聖治、松林とし子のその点に関する証言も同じく信用しがたい。その他に被告花井が四〇〇万円の金を調達できたと認めうる証拠はない。徳田証言は、同人が弁護士として武村聖治の刑事々件原告弥生の三田交通株式会社に対する功労金請求訴訟、マーケットの明渡訴訟、その他原告らが塚本敏夫から相続した遺産に関する紛争等を扱っていて原告ら、武村聖治ないし被告会社の事情に通じていたとみられるところから、たやすく排斥することはできない。しかし前記交渉に赴いた当時は原告弥生が武村聖治を信用しその指示にしたがっていた頃であるから、原告弥生が徳田弁護士の尋ねるままに、被告花井に不動産を譲渡した旨外形的の事実を答えたであろうことは想像にかたくない。したがって同証言から、原告弥生と被告花井との間に前記売買を認定するには必ずしも十分ではない。前記二に認定したように原告らが本件不動産を占有支配していること、被告花井が代金四〇〇万円を調達できたとは思えないこと、同人は被告会社の根抵当権や仮登記を知らないで買受けたと供述していること、も原告弥生と被告花井間の売買の仮装であることを推測させ、徳田証言の採用をためらわせる。<省略>

(6)  成立に争いのない<省略>等によると、被告花井が原告弥生から買受けたと主張する不動産について被告花井の名義で分筆登記、その一部の譲渡、保険契約、税金の支払等がなされていることが認められる。しかしそれら不動産は被告花井所有名義に登記されていたので、分筆や譲渡をするにも、保険をつけるにも被告花井の名でなし、また被告花井の名で課税されることは当然であって、そのような事実があっただけでは右売買を認めるには足りない。なお被告会社代表者武村聖治、被告花井本人各尋問の結果によると、被告花井は前記不動産の一部を具南伊に売渡しその代金五〇万円を他の部分を更地化するための費用として武村聖治に預けたといい、また被告花井がその土地を李泰云に賃貸し、その地代も費用として武村聖治に預けたという。しかし、それら供述は証人坂田金吾、原告弥生本人の各供述と対比すると、信用しがたく、したがって乙第二八号証もその成立が認められない。

なお右のように、被告花井が取得する筈の土地代金ないし地代が武村聖治の手許に入ってしまうという点に、むしろ花井の所有が仮空のものであることを推測させる。

(7)  その他被告会社代表者武村聖治、被告花井本人各尋問の結果のうち前記二の認定に反する部分は前記援用の証拠と対比し信用しがたく、その他に右認定に反する証拠はない。

したがって、また被告らの事実摘示第三の三の主張事実はそれを認めるに足りる証拠がない。

四、要するに、前記二(1)の(イ)の各登記原因が通謀虚偽表示であって無知であるから、その各登記は実体を伴わない仮空のものであり、被告会社はこれを抹消する義務がある。また前記二(1)の(ロ)ないし(ニ)の各登記も、同じく仮空無効の登記であるから、二の(2)に認定した約旨にもとずき被告会社ないし被告花井は別紙目録一ないし四記載の各不動産につき原告らの所有名義を回復するために前記通告のあった昭和三六年八月二五日の売買という形式により原告らに所有権移転登記手続をなす義務がある。もっともそのうち別紙目録一、三に記載の不動産については原告ら主張の同日売買による所有権移転仮登記がなされていることは争いがないから、その分については右仮登記の本登記手続をなせば足りる。

すなわち原告らの本訴請求は理由があるのでこれを認容する。

第二、反訴原告らの反訴請求について

前記第一に説示したとおり、別紙目録一記載の不動産は反訴被告両名の所有であり同目録三記載の不動産は反訴被告弥生の所有であって、反訴原告会社ないし反訴原告花井は所有権を有せず、<省略>それも所有権にもとづく正当なものであって、これが明渡を求める反訴原告らの請求は理由がない。

したがって反訴原告の請求はこれを棄却すべきである。

第三、よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する<以下省略>

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